【カンブリア宮殿】和僑商店・葉葺正幸の経歴や人物・結婚や子どもは?

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8月2日放送の「カンブリア宮殿」に和僑商店ホールディングス代表取締役社長の葉葺正幸氏が出演されます。

銀座の人気店銀座松屋地下一階にあるおにぎり屋さんの「銀座十石」を始め、

麹やお味噌、酒造のグループ会社も展開しています。

そんな葉葺正幸氏について調べてみました!

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葉葺正幸氏の経歴とは?大学は?

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1974年5月、新潟県十日町市に生まれる。

新潟県立巻高等学校卒業後、法政大学経済学部を卒業しています。

結婚やお子さんはいる?

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結婚されていて、素敵な奥様がいらっしゃいます。

そして2歳になる娘さんもいらっしゃいます。

お忙しいとは思いますが、プライベートでは子煩悩なパパさんなのですね。

起業に至るまでの経歴

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大学卒業後、愛宕商事株式会社に入社。

初めから起業すると心に決めており、あえて大企業ではなくさまざまなことにチャレンジできる環境と会社を選んだそうです。

そして27歳の時におむすび屋の社長として起業!

現和僑商店を設立します。

まずはおむすび事業を軌道に乗せるまで並大抵ではないご苦労をされています。

「銀座のおむすび24時間配達」。チラシを作って配った。これが受けた。注文が急増し、事業所を拡大した。そんな時、幹部社員5人が退職した。「仕事が大変になるだけで、やりがいがない」。ショックだった。経営とは?この事業をする意義は?思い悩んだ。

その後、新潟の方から頂いた美味しいお味噌をヒントにして、生産者のメッセージと思いの詰まったおむすびを開発、商品化し、大ヒットさせました。

大量生産型のビジネスではできない、地方のまだ注目されていないが、美味しくて生産者の思いが詰まった食べ物を紹介して都会をつなげていくことを事業をして取り組み、大成功しました。

その後、おむすび事業だけではなく、糀、酒、味噌・漬物の4事業に拡大して

地元の新潟の名産を基調にその素晴らしさを伝えより広めています。

特に今では若い女性を中心に、身体にも美容にも良いとされているので

大人気となってブームになっている糀ドリンクなどは、かなり先見の明がある葉葺正幸さんの目利きが遺憾なく発揮されていますね。

食べてみたい!おむすび十石のお店はどこ?

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東京の松屋銀座のB1Fにあるようです。

1999年 銀座三丁目で創業したおむすび銀座十石。

銀座は築地市場に近くそのため寿司職人も多いので寿司職人から教わった手法でおむすびが作られています。ギューギューと握るのではなく、空気の含み方にもう一歩こだわり、
「一度も握らず、海苔でそっと包むだけ」。で作られています。
握らないおむすびは、独特な食感を実現しました。

おむすびのお米にも非常にこだわっています。

ご飯の甘みや粘りを決めるのは良質な水と、夏の成長期の昼夜の厳しい寒暖の差。

試食を重ね、この最高の環境条件の新潟県矢代地区の中でもさらにエリアを限定。
つや、粘り、香り、甘み、どれをとっても申し分なく魚沼産に匹敵する最上質米として高い評価を得ています。

仕込み場ではこれを5升のガス釜で一気に炊き上げます。
炊きたての香りもさることながら、このお米は冷めてからの方が一層甘みが強くなる特性があり、 おむすびには最適なのだそうです。

そしてお値段もこのクオリティにしてはお安いものだと2個セットで450円(税別)で

あり、リーズナブルなのではないでしょうか?

銀座に行く用事がある際にはぜひ行ってみたいですね。

その他にも宅配弁当などもやっているのでご自宅や会社に気軽に配送してくれるようです。

ただしエリアが限られるのと配送はいくら以上の注文からと決まっているので

特別な時や大人数の分を準備する際にはいいですね!

おむすび屋さんから糀の事業展開へと発展していく

「新潟の米を使って新たな事業を」という次のミッションを前にしてかなり悩んだり考えた結果、「食べるという形でのお米の消費量は減っている。これ以上の拡大は考えずらい。そこで”飲むお米”はどうか。」と思い付いたそうです。

当時は糀に対する注目度は高くありませんでしたが、おむすび屋の事業の仕事の中で

素材選定をする中で、その素晴らしさに目をつけていたので、糀ドリンク(甘酒)専門店という形でオープンさせました。

新潟のシャッター商店街になっていた場所に「古町糀製造所」という名前でお店を出しました。

店の名前は「製造所」としているが、実は甘酒づくりは外部に委託している点が

新潟の酒蔵や味噌蔵で、一杯の甘酒を提供するなかで、彼らに仕事を振り、新たな収入源を作っているという点で大切なことなのだそう。

減少する米の消費に消費拡大を生み、さらに糀という素晴らしい素材を世の中に新しい形で提案する。こうしたストーリーをリリースで発信したところ、多くのお客さんが訪れ、君たちの商いは一石二鳥どころじゃないと評価してくれて、やがて後の糀ブームへと繋がっていったのだそう。

モノの豊かさではなく心の豊かさを重視する時代に響く事業を生み出していったのですね。

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