木村敬一選手の彼女や結婚・家族エピソードや視力を調査!筋肉とイケメンな笑顔の秘訣は?

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木村敬一選手は全盲の競泳選手です。

リオパラリンピックでは木村敬一選手は4つのメダルを獲得されています。

そんな木村敬一選手wiki経歴プロフィールについて調べてみました。

そして木村敬一選手にまつわる様々なエピソード家族、さらには彼女結婚についても調査!

競泳選手としての実力もさることながら、木村敬一選手は実はイケメン筋肉もスゴイ!と噂になっています。

さっそく行ってみましょう!

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木村敬一選手のwiki経歴プロフィール

木村敬一選手

生年月日:1990年9月11日生まれ

出身地:滋賀県栗東市

身長:171センチ

体重:65キロ

学歴:小学校卒業後から上京し【筑波大学附属視覚特別支援学校】へ入学

→日本大学文理学部へ入学

大学では健常者と同じ水泳同好会に所属

→日本大学大学院へ進学

競泳種目:自由形(50m・100m)、平泳ぎ(100m)、バタフライ(100m)、個人メドレー(200m)

メダル実績:ロンドンパラリンピックでは銀メダル1個・銅メダル1個

リオデジャネイロパラリンピックでは銀メダル2個、銅メダル2個

木村敬一選手は滋賀県で生まれ育ちました。

しかし2歳の時に先天性疾患で、視力を失ってしまいました。

【全盲】となってしまいました。

もともと走り回っていたり体を動かすのが好きな男の子だったため、お母さまのすすめで、小学校4年生から水泳を始めました。

そして小学校を卒業後は滋賀県から上京。

中学校から東京都文京区にある筑波大学附属視覚特別支援学校・中学部に入学します。

そして水泳部に入部して、めきめきと上達したんだそうです。

この【筑波大学附属視覚特別支援学校】はなんと1937年にあの【ヘレンケラー】さんも来校したことがある、日本ではかなりの歴史を誇る視覚支援のクラスがある学校です。

そして日本大学に入学。

18歳の時には北京パラリンピックに出場!

さらにロンドンパラリンピックでは銀メダル1個・銅メダル1個を獲得!

そしてさらにリオデジャネイロパラリンピックでは銀メダル2個、銅メダル2個を獲得!

素晴らしい実績を残されています。

現在は【東京ガス】で人事部に在籍し、社員をしながら選手として競技も続けています。

そして【日本パラリンピアンズ協会】で理事も務めています。

木村敬一選手の競泳の成績!

世界大会での成績

★2013年→IPC世界選手権@カナダ

100m平泳ぎで1位

50m自由形で2位

★2014年→アジパラ競技大会@韓国

100m平泳ぎ1位

100mバタフライ1位

★2015年→IPC世界選手権@イギリス

100m平泳ぎ1位

100mバタフライ1位

★2018年→アジアパラリンピック

金メダル4個、銀メダル1個

パラリンピックでの成績

★2008年北京パラリンピック初出場

★2012年→ロンドンパラリンピック

100m平泳ぎで銀メダル

100mバタフライで銅メダル

★2016年リオデジャネイロパラリンピック

50m自由形で銀メダル

100m平泳ぎで銅メダル

100mバタフライで銀メタル

100自由形で銅メダル

200m個人メドレー4位入賞

と輝かしい成績を残されています!

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木村敬一選手の視力についてと家族やエピソードは?

引用:asahi.netより

木村敬一選手のお父様は稔さん、お母さまは正美さん。

父・稔さんは会社員の方だそうです。

木村敬一選手は、父・稔さんが31歳、母・正美さんが29歳の時に木村家に産まれました。

木村敬一選手の視力について

目の障害が分かったのは赤ちゃんのころ。

1歳ごろによちよち歩きをする木村敬一選手がいたるところにぶつかりまくるので赤ちゃんだから仕方ないのかな?と思いつつも、目の焦点が合っていないのでは?とご両親は気付きます。

病院での診断は【増殖性硝子体網膜症】という先天性の疾患でした。

2歳4か月の時に入院し、手術を3回もしたそうです。

しかも全身麻酔での大がかりな大手術。

2歳の幼い小さな我が子にこんなに手術をしなくてはならないなんて・・ご両親のお気持ちを想像すると本当につらいお気持ちがあったのではないかと思います。

しかし、残念な事に木村敬一選手の目に光が見えることはありませんでした。

ご両親は小さい頃から目が見えたことがない木村敬一選手が発した『真っ暗だから電気つけて』という言葉が忘れられないんだそうです。

この言葉を言ったのは3回目の手術後の眼帯を取った時のこと。

まだ幼かった木村敬一選手のこの言葉は何を意味していたのでしょうか。

木村敬一選手の少年時代

そして滋賀県で県立の盲学校は遠かったため小学校一年生のころから小学校の寮で生活が始まりました。

ご両親は目が見えない分、感性を磨かせるために学校が休みの時には【野球観戦・F1観戦】へ連れて行ったり、琵琶湖へ泳ぎに行ったりと様々な体験をさせようと意識されていたそうです。

目ではなく、音を感じたり、匂いや手触りなど感性を磨いていったのですね。

木村敬一選手は子どもの頃から体を動かすのが大好きな子供だったんだそうです。

2歳から全く目が見えない状態なのに、自転車に乗ったりもしていたそうです。

そして目が見えないのに走り回ったりするので、よく物にぶつかったりして転んで、とにかくケガが絶えない子供だったんだそうです。

なのでお母さまに『水泳なら思いっきり体を動かしてもケガをしずらいからいいんじゃないか?』と勧められて水泳を小学校4年から始めて、木村敬一選手にはとても相性が良かったようです。

木村敬一選手の才能が開花!

中学は上京し、東京の【筑波大学附属視覚特別支援学校】へ。

そこからめきめきと水泳の頭角を現しました。

ロンドン五輪では銀メダルと銅メダルも獲得。

リオにむけてさらに飛躍したいと、日本大学文理学部教授の野口智博コーチにマンツーマンで指導をしてもらい、ツライ練習を耐え抜きました。

その結果、リオデジャネイロパラリンピックでは銀メダルも銅メダルも2個も獲得し、

その実力を確固たるものにしました。

さらに『東京パラリンピック』では悲願の金メダル獲得に向けて頑張っているそうです!

そして英語も2015年のリオデジャネイロパラリンピックのころから勉強して国際的に活躍できるようにしているそうです!

本当に努力家ですね!

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木村敬一選手のスゴイ筋肉の秘密は?

木村敬一選手の筋肉の秘訣・食事編

木村敬一選手はもともとは、貧相な体型で太りずらい体質で食も細いそうです。

しかし、水泳でのスタミナには体づくりがかかせません。

中学のころから筋力トレーニングは欠かさずにやっているそうです。

食事もトレーニングの一部として意識し、

なんと一日5食も食べているんだそうですよ!

そしてお米も一日で3.5合もの量を炊いて食べてるそうです!

そして炭水化物とたんぱく質を意識してバランスよく。

1.朝練前6時半におにぎりやパンなど

2.朝食

3.昼ごはん

4.夜練習の前におにぎりやパン

5.夜ご飯

山盛りのご飯を食べても食べても、これだけ練習していると消費してしまうんでしょうね!

そして木村敬一選手は大学生時代からちゃんと自炊もされているんだそうです!

目が見えなくても包丁も扱い、お米も計量カップに指を入れて分量を確かめて計量しているんだそうです。

そして野菜炒めやカレーなどを自炊していたんだそうです!

そして大学時代は学食もあったり、近くの商店街の方も顔見知りでよくしてくれていたんだとか。

木村敬一選手の筋肉の秘訣・運動編

木村敬一選手が一日に泳ぐ距離は【15キロ】!!!

水泳の練習だけでもそうとうハードで筋肉がつきますよね。

さらにトレーニングバイクをこぐ運動。しかも倒れるくらいの限界まで一気にこいでやりこむんだそうです。

懸垂には40キロくらいの重りを腰に装着して負荷をかけてやっているんだそうです。

さらにチューブで体を引っ張ってもらうトレーニングやバケツを引くトレーニングなど、木村敬一選手のトレーニング方法は多岐にわたります。

木村敬一選手のキレイな筋肉のついた体の秘訣はこれだけたくさんの筋肉トレーニングをされているこそなんですね!

そして食べる事もこの量を食べるのはキツイことなんだそうですが、もうトレーニングの一部としてとらえて頑張って食べているんだそうですよ!

木村敬一選手のイケメンな笑顔の秘訣は?

木村敬一選手は全盲でいらっしゃいますがイケメンな笑顔ですてきですよね。

その笑顔の秘訣は圧倒的な【ポジティブなマインド】ではないでしょうか?

以前にイベントで子供から『見えないことを嫌だと感じませんか?』と質問されて『僕にとっては見えないことは当たり前の環境。怖くもないし不思議とも感じたことはないよ』と答えていました。

そして『見えなくても人はこんなに強くなれるんだよと、水泳で示したい』とおっしゃっていました。

何不自由なく暮らしているという当たり前のことに本当に感謝しなくてはいけないですね。

木村敬一選手の姿に私ももっと頑張ろう!と背中を押されますね!

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木村敬一選手の彼女や結婚は?

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